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mar 31, 2005

安息日で~す♪
私の病の真実について…告白しちゃいます。

本日はメンタル・クリニックの日でした。私の回復はかなり順調で、本日を以ってまた一つ、お薬の数が減らされてしまいました。嗚呼、さらばロヒプノールちゃん!って申しましても、数が二錠から一錠に減らされただけですが…それでも私は、全快しつつありますことを、今回の診察では確と実感なぞしてしまいました。そしてそれが、何故かちょっぴり淋しくもあるのです。近いうちに私は、‘自律神経失調症にして鬱病初期段階の主婦’から、唯の‘主婦’に成り下がってしまうのですものぉぉぉぉぉお!この事実を嘆かずになど、如何しておられましょうかぁぁぁぁぁあ!

今まで黙っておりましたが…実は私が自律神経失調症になってしまいましたのは、嫉妬と憎しみなります己の醜き心の内が最大の原因なのです。そうした悪しき感情が私の中に芽生えてしまいましたのは、昨年の3月頃のとある休日でしたかと存じます。その日、私達夫婦は旦那の実家へと遊びに参りました。と申しますのには、少々語弊がありましょうか。情け無くも、‘お金を貸してください’と無心する為にお邪魔致しましたのですもの。当時、私達は先々のことを検討しておりました。遅かれ早かれ、一人娘であります私の御高齢なる御両親様と暮らしを共にせねばなりません宿命を、その結果としまして痛感するに至っていたのであります。故に、地価が下がっているうちに同居できる広さの住居を確保しましょう!と、マイホーム購入を目論んでおりました。如かして旦那は、フリーランサー…住宅ローンが組み辛い身の上でございます。私の御両親様は、御自身達の今後に関わりますことでもありまして、太っ腹にもかなりの御金子をスポンサーとしてお貸しくださると、助け舟を出してくださいました。このブログで御両親様のお悪口を書き散らしております親不孝者の娘夫婦に…泣かせるお話でございます。本当に感謝しておりましてよ♪

けれども、購入しますマイホームの名義は飽くまでも旦那のもの。幾ら老後の御面倒を見て差し上げますからと申しましても、私の御両親様ばかりに出血借金大サービスして頂くというのも…少し変なお話じゃございませんこと?ちなみに、旦那は婿養子ではございませんでしてよ。私が旦那側の御家族に‘嫁’として、‘貰われ’ましての結婚でしたのよ。そこでようやく旦那が重い腰をお上げになられまして、旦那の御両親様からも‘少しだけマイホーム資金の御援助をお願いしてみましょう!’と、そんな展開になったのです。そして冒頭にて触れました昨年3月頃、私達夫婦は旦那の実家(人も羨む東京都M市内、豪華一戸建て住宅)へと、一路向かいました。そして到着後、これまでの経緯を御説明し終えましたらば…旦那の弟様御一家もマイホームを御検討中とのことが判明。って申しますのも、少々語弊がありますわね。御検討中どころか、既に大手メーカー数社に間取図を作らせていらしたのですもの。そうなんです。弟様御一家はマイホームを‘購入’されますのでは無くて、マイホームを‘建築’されます御予定でいらっしゃったのです。「あら、羨ましい…して、建築場所はどちらでして?」………とっても気不味そうな、旦那の御両親様ノ図………旦那のお母様がお持ちでいらっしゃる、東京都某区内の50坪ほどの敷地にお建てになられますとの御返答。その土地は旦那のお母様が、お母様の御両親様から相続されました土地でして、貸し駐車場にされていらしたそうで…って、そんな土地が有りますらしきお話は、以前に旦那から少しだけ聞いておりましたのですが。それが50坪もの広さがありましょうものとは、露程も存じ上げておりませんでしたが。何れにしましても、その貸し駐車場は既に定年を迎えられて久しい旦那の御両親様の大切な収入源とのことでしたので、私達夫婦はその土地を頂戴しようなぞとは微塵も思っておりませんでしたが。旦那の御兄弟様方も同様に思われていらっしゃることと、私が勝手に思い込んでおりましただけですが…

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mar 30, 2005

大笑いをくださった桂 米朝様と、
正しい酔っ払い殿の在り方について

ロンドンに留学しておりました当時、桂 米朝様のお落語のビデオを観て大笑いしました記憶がございます。お噺の題名すら覚えておりませんが、兎にも角にも大笑いしてしまいました。日本とつきますモノを目にしましては号泣に次ぐ号泣の毎日と申します、酷いホームシックに罹っておりましたのに大笑いしてしまいました。それは最初から最後まで米朝様が酔っ払い殿を演じられます内容でして、私は酔っ払いが大嫌いでありますにも関わらず大笑いしてしまいました。うろ覚えではございますが、米朝様は‘糞’ですとか、‘屁’ですとか、‘ゲロ’ですとか…誠に汚いお言葉の数々を挿まれつつ語っていらっしゃいましたがそれでも、じゃなくてそれでこそ大笑いしてしまいました。

前述しました通り、私は酔っ払いが大嫌いです。そもそもの始まりは、他なりませぬ私のお父様が、お仕事から酔っ払って帰宅されてばかりおりました為でございます。私が物心つきました小学生の頃から、お父様は毎日のように酔っ払って帰って来られておいででした。‘出勤=お仕事+お飲み会’と申しますような数式が、そのまま成り立っておりました毎日で。私はサラリーマン様方のお仕事には、自動的にお飲み会が含まれておりますものと、信じまして疑いも致しませんでした。泥酔なさって帰宅されますお父様をお母様は、「御苦労様でした」ですとか、「お疲れ様でした」ですとか、あらゆる癒しのお言葉を以ってしましてお迎えになっていらっしゃいました。昔の桃屋の‘ごはんですよ!’のCMで、酔っ払って帰宅なさいました午前様に対してその奥様が、文字通り角を生やして憤慨しながら出迎えられるアニメがございましたが…幼き私はその意味が全く理解できませんでした。我がお母様がそうなさっていらしたように、酔っ払われた会社員殿は敬意を以って出迎えられますべき存在と、見事に洗脳されていましたもので。

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mar 29, 2005

森下麦子様の‘孤独’な青春
如かして青春は斯くあるべきじゃなくって?

昨日のログでは少々お真面目に、ヴィム・ヴェンダース監督作品の感想文に絡めつつ、私は‘孤独’の必要性について記してなぞみました。けれど、なかなか如何して…今一つ説得力に欠けているように思えてなりません。嗚呼、実に哀しきは文才無き己。と申します訳で、本日は‘孤独’を真っ向から生き抜いておられました、森下麦子様について述べさせて頂きたく存じます。森下麦子?誰、それ?って、このログを読んでくださっていらっしゃる皆様のほぼ全員が、お頭の中に巨大なクェスチョン・マークを思い浮かべられておいででしょう。御安心なされませ。森下麦子様は、ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタインやバートランド・ラッセルのように、一般常識として何方様もが御存知でいらっしゃいますべき方々とは異なりますので…アラ、私ってば些か意地のお悪い記述をしてしまいましたわね♪おほほほほほ!それでも、御安心なされませ。ヴィトゲンシュタインやラッセルくらいは御存知ですよと、お威張ってなられておられます皆様も、彼らの難解な御思想を正確に御理解していらっしゃいますことは、まず間違い無くございませんから…アラ、私ってばまたも些か意地のお悪い記述をしてしまいましたわね♪おほほほほほ!と笑っております私も、哲学科の修士課程修了者の癖して類に漏れますこと無く、ヴィトゲンシュタインとラッセルに関しましてはチンプンカンプンでしてよ♪とほほほほほ!けれど、ヴィトゲンシュタインを正確に語られましょうとも、ラッセルを正確に説かれましょうとも…森下麦子様を知らずに一生を終えられましょうならば、何と虚しき御生涯でありましょう。森下麦子様とは、‘孤独’と共に生きられます総ての皆様にとりまして、それほどまでに重要な人物様でいらっしゃるのです。

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初めに申し上げておきますが、森下麦子様は架空の人物様でいらっしゃいます。彼女は市川 準監督の映画デビュー作、『BU・SU』の中にのみ存在しておられます。御出身は何処ぞのお田舎でしたかと記憶しております。ちなみに麦子様は、富田靖子さんが演じていらっしゃいました故、決してお顔は‘BU・SU’ではございませんでした。この映画を御覧になられた多くの方々様はしかし、麦子様は性格が‘BU・SU’なのだと仰います。けれども私は、麦子様の人格が宜しく無いなどと感じましたことは一度としてございません。表情こそは常に‘BU・SU’っとしていらっしゃいましたものの、麦子様は実に健気な娘さんでございましたのですから。お母様との間に訳有りな確執を抱えていらした麦子様は故郷を離れ、置屋を営む叔母様・胡蝶さんの元で芸者見習いをされながら高校に通われることとなります。鈴女というお名前を頂戴なされました麦子様は、お座敷へと向かわれる芸妓のお姉様方が乗られました人力車の後ろを、下っ端として息を切らせながらも毎日のように追い続けねばなりませんでした。そんな過酷な日々を耐え抜かれまして、やがては超売れっ子芸者へと、麦子様は目出度く御成長あそばされました!完。って申しますのは嘘です♪『BU・SU』は芸者スポ根物語などではございません。『BU・SU』は飽くまでも徹底して麦子様個人だけを描かれました、麦子様個人だけの物語。

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mar 28, 2005

ヴェンダースの失われた‘孤独’
トラヴィスとヨナタンとトムと私の今も在る‘孤独’

本日は、いきなり冒頭から問題です!次の三つの凶悪事件に於けます共通性は、さて何でございましょう?

1.「従業員寮で遺体箱詰め、女も懲役13年…東京地裁」
東京都足立区の新聞販売所従業員寮で2004年1月、段ボール箱の中から小出亜紀子さん(当時24歳)の遺体が見つかった事件で、殺人、死体遺棄罪に問われた当時19歳の女(20)の判決が28日、東京地裁であった。菊池則明裁判長は「被害者から金をせびるために軟禁したがうまくいかず、そのうっぷんを晴らすために虐待した残虐非道な犯行だ」と述べ、懲役13年(求刑・懲役15年)を言い渡した。判決によると、女は元新聞配達員本間直人被告(25)(懲役13年の判決を受け上告中)と共謀し、03年12月から約1か月間、知人だった小出さんをアパートの自室に同居させ、十分な食事や水を与えず、暴行を加えて虐待。衰弱した小出さんを放置し、室内で凍死させた。その後、遺体を段ボール箱に入れて本間被告の部屋に運び、隠した。(読売新聞)

2.「茂原の女子高生殺害:2被告、起訴事実認める初公判」
茂原市の県立高校2年、高中香織さん(当時17歳)が殺害された事件などで、強盗殺人や死体遺棄などの罪に問われた同市下永吉、無職、斎藤義仁(20)と住所不定、無職、神明勝信(21)の両被告の初公判が25日、千葉地裁(金谷暁裁判長)であった。両被告は起訴事実を認めたが、弁護側は「強盗と殺害の間に連続性がなく、強盗傷害と殺人罪を適用すべきだ」と主張した。起訴状によると、両被告は16~19歳の少年3人と昨年12月22日未明、茂原市のJR茂原駅付近の路上で、高中さんと同級生の女子生徒(17)からバッグなどを奪った上、高中さんを車に乗せて連れ去り、東金市内の廃屋敷地内で首を電気コードで絞めて殺害。遺体を冷凍庫内に捨てたとされる。検察側は冒頭陳述で、「少年の一人が高中さんと顔見知りと分かり、発覚を恐れて殺害を決意した」と指摘。また廃屋敷地内で、暴行を受けぐったりした高中さんが「命だけはとらないで」と求めたものの、両被告らは「今さら遅いよ。おれたちも捕まりたくない」と拒絶するなど、殺害に至る状況を明らかにした。両被告はこの事件を含め、路上強盗やひったくりなど計9件で起訴されている。少年3人は今月22日、千葉家裁から検察官送致(逆送)されている。(毎日新聞)

3.「スナック乱射実行犯に死刑 市民ら4人殺害」
巻き添えの市民ら4人が死亡した前橋市のスナック拳銃乱射事件で、実行犯として殺人などの罪に問われた指定暴力団住吉会系矢野睦会幹部小日向将人被告(35)の判決で、前橋地裁の久我泰博裁判長は28日、「暴力団特有の人命軽視の論理による残虐な犯行。酌量の余地はない」として、求刑通り死刑を言い渡した。判決理由で久我裁判長は「確定的な殺意に基づき一度に4人の命を奪った犯行で、被告は必要不可欠な役割を果たした」と指摘。被告が事前に襲撃中止を進言したことなどを考慮した上で「極刑が真にやむを得ない」とした。弁護側は即日控訴した。(共同通信)

正解:何れも単独犯ではありません。1番は二人。2番は5人。3番は微妙なところですが、結局は犯人が暴力団という組織に属していたが故に行われました凶行と解釈させて頂きました。

‘赤信号、皆で渡れば恐くない’と、昔懐かしツービート時代に北野 武様は仰いました。周囲に流され易く、周囲と一緒でなければ何もできない…そんな近代日本人の性を皮肉を込めて描写されましたギャグでしたね。けれども哀しくも愛らしい日本人のそんな性は、言葉を置き換えますだけで、‘人殺し、皆で行えば恐くない’となってしまうのでございます。2番の事件は未成年3名を含む犯人グループが、日頃からリーダーらしき青年宅に溜まり込んでは、ひったくり犯罪を繰り返していましたとか。かの女子高生を拉致監禁暴行の果てにコンクリート詰めにした殺人事件を彷彿とさせますものがございませんこと?あれも犯人グループ数名が皆で仲良く一緒に犯された事件でしたもの。何方もが協調性に富んだ殺人者。彼らの集団行動力にはホント、感服してしまいましてよ。2番の事件では1名が被害者を押さえ付けて、他の4名は彼女の首に巻いたワイヤーですとか何ですとかの両端を2名ずつに分かれまして、綱引きよろしく一斉に引っ張って殺人を行われましたとのこと…‘せーのっ!’とでも、全員で声上げていたのでしょうかねぇ?何と素晴らしき連係プレー&チーム精神!余りにも素晴らし過ぎて、反吐が出そうでございましてよ…

かつて大学で映画学を専攻しておりました頃、とある授業で恩師・Y川教授が、「フランスの青春映画では主人公が‘個人’として描かれがちなのに対して、アメリカの青春映画では主人公が‘集団の一員’として描かれがちなのは何故だと思いますか?」と、私を含みますおバカな学徒らに質問されましたことがございます。私達は…いえ、少なくとも私は、そのような観点から青春映画というジャンルを考察したことなぞ、それまでは一度としてありませんでした。それどころか、旅行系クラブに所属し、その旅行系クラブが所属します文化部連盟に所属し、その文化部連盟が所属します芸術学部に所属し、その芸術学部が所属します大学に所属し、その大学が所属します日本という国に所属し、日本という国が所属します国際社会に所属していましたはずの、そんな自分の‘個人’と‘集団の一員’についてさえ、考えましたことすら無かったのです。私という名の‘個人’と、同じく私という名の‘集団の一員’の境界線は何処までも曖昧で、そのような線引きをする必要すら感じましたことがありませんでしたもの。バブル絶頂期の女子大生なんて、皆様そんな程度のノータリンでしたでしょ?

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mar 27, 2005

『浮世絵1010の世界』と、
憂世の千住の凡人と、あの世の北斎大先生様と…

シアター1010ギャラリーにて開催されました、『浮世絵1010の世界』に行って参りました。ギャラリーの所在地・北千住の‘千住’の語呂合わせに、徹底的に執着なさっておりましたこの浮世絵展。は、文字通り足立郷土博物館収蔵の浮世絵版画を1010点一挙に展示公開されましたもの…はっきり申し上げて、その内容は質より量でございました。私が期待しておりました葛飾北斎大先生様の作品は、僅か片手の指の数弱。井上安治大先生様の作品も、僅か二点。川瀬巴水大先生様の作品も、僅か一点。その他は概ね歌川広重&二代目歌川広重&その他諸々の…作者及び年代不詳ものばかり。枚数は死ぬほどありますのに、如何にも物足りない。そんな浮世絵展にございました。しかも展示のなされ方が、随分といい加減でいらして…ひたすら帯のように、横一直線にギュウギュウ詰めで飾られましただけ。点数の多さから仕方無きこととは存じますが、ああまで画と画の間隔が狭いものですと、作品の一枚一枚と対話しますのが難し過ぎでしてよ。浮世絵同士でグループを作られて、数枚が一斉に押し寄せて来られますようでしてよ。と申します訳で、シアター1010ギャラリー…今後の御精進を期待致します。

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如かして私は浮世絵フリークでありました。浮世絵の‘通’には程遠い若輩でございますが、それでも浮世絵が大好きなのです。そんなに大好きな浮世絵の本物が、1010枚も一挙に観られますとなりますれば。それも地元北千住で、ほんの10分程度の徒歩距離にて観られますとなりますれば。幾ら出不精と申しましてもこれはもう、観に行かなければ私が私で無くなってしまいます。ですもので、安息日の本日は珍しくも絵画鑑賞なぞに行って参りました…旦那を連れて。何が失敗かと申しまして、旦那を連れて行ってしまいましたことに他なりません。「この屋根の角度が甘いっ!」ですとか、「人の顔を点と線だけで描くとはっ!」ですとか、「犬と猫の描き分けがなっとらんっ!」ですとか、えとせとらぁ!えとせとらぁ!最後にもう一つ、えとせとらぁ!兎に角、厳しい…厳し過ぎるのです。CGデザイナーから美術評論家へ何時の間に‘とらばーゆ’されてしまわれたのでしょうか?我が旦那ながら、私は全く気づきませんでしてよ。え?転職などなさっておられませんと?そうですか、ア~タはCGデザイナー様を続けていらっしゃいましたのね。相分かりました。そしてCGデザイナーでいらっしゃる故に、ア~タこと私の旦那は、誠を以ってして苦手でいらしたのです、2D…つまりは、平面が。じゃなくて、平面画が。じゃなくて、平面が画が。じゃなくて、平面が画が画家が…って、もういいや!

浮世絵の淡き美色に触れもみで、恥ずかしからずや理屈を放く君…

嗚呼、実に哀しきは3Dの人。立体でしか物事を捉えることの出来ません我が旦那を最早、鑑賞障害者とでも呼ばずにはおれません。トム・クルーズが文盲ならば、旦那は画盲なのでは?如何して彼には理解できないのでしょうか?髪の数より簪の数の方が多い花魁様のお姿は、彼にしませば単なるデッサン狂い。窓の外に咲き誇られた桃の枝が室内の椿と同様に、くっきりはっきり描かれておりますのは遠近法の初歩的ミス。更に北斎漫画よろしく、様々な事物が隅々まで描き散らされました‘○○尽くし’なりますタイプの画に関しましては、「窒息しそうだ…」とまで、申されます始末でして。小インテリにして密集恐怖症のフリなぞされております癖に、一方では「こっ、このオヤジの顔!ヘン!」なぞと、小学生並みの発言を平然となされましては…ぎゃ~はっはっはっはっは!と、奇声を上げられます有り様。嗚呼、何と無様。情け無くも、奴は私の御主人様。お許しください、館内の皆々様。来月末から同ギャラリーで開催されます、『寺山修司生誕70年記念・ジャパン・アヴァンギャルド展』にも必ずや参りますので…私一人で参りますので♪

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mar 26, 2005

『3年B組金八先生』第七シリーズ終了
‘人として’、我が母校に贈ります怨恨歌

『3年B組金八先生』第七シリーズが昨日、終了してしまいました。この番組が終ってしまいます度に、北千住市民としましては何時も淋しい想いにならずにいられません。東京都足立区北千住…此処は今も昔も、坂本金八様が御活躍されます舞台として設定されている町です。北千住に住んでおりますと、お買物に出ましては運良く『金八先生』のロケに出くわすことなぞも、勿論ございます。そうで無くとも毎週放送されます番組に於いて、私が常日頃歩いております町並みがテレビ画面に映し出されましては、坂本金八様と3Bの生徒達が本当に近隣に存在していらっしゃるような、不思議でありながらも温かな錯覚を抱いてしまうのでした。

既に御存知の皆様もいらっしゃるかと存じますが、私は自身が中学生でした当時は『金八先生』シリーズが大嫌いでした。その件につきましては、過去ログにて詳細に記しておりますので今回は敢えて取り上げません。しかしながら、気づきませば何の因果か坂本金八様と同じ町に住み、その町を愛しく思いますのと同様に、『金八先生』シリーズも愛して止まなくなってしまいました、私。昨夜も旦那と二人仲良く素直な気持ちで、正しくその北千住内に在します我が家にて、『金八先生』に涙しておりました自分自身の現在が、何とも言えずに嬉しくて仕方ありませんでした。『金八先生』シリーズが放送開始されました当時の幼き私は、何れ自分がそんな‘現在’を迎えましょうなどとは、夢にも想っておりませんでしたのに。そんな‘現在’を迎えられました私は、其処に至りますまで実に迷い多き紆余曲折を経て参りましたけれど、少なくとも今は自分がいるべき場所にてするべき生き方をしていると、安堵しますと同時に己を少し誉めてあげたい気持ちになりました。

中学三年生の頃、私が通っておりましたS女子学院なります御嬢様学校では、初めて合唱コンクールが開催されますこととなりました。各学年のクラス毎に好きな歌を選び、それを音楽の時間や放課後に練習しましては、コンクール当日に御父兄様方を前に合唱。その中から金・銀・銅と3位までの順位を発表しまして、該当クラスは表彰状を頂戴する訳でございます。さて、問題は…‘何のお歌を唄いましょうか?’から始まりました。私が在しておりましたクラスは、無気力・無感動世代の王道を行きますような御嬢様方の集りでして、何方様も合唱コンクールになぞ乗り気ではありませんでした。それでも所詮は、ティーン‐エイジャー。何かしら唄わねばなりませんのなら、誰しもが自分の好みの曲でなければ、イヤッ!と申されますような我儘ぶりだけは御健在で…一方様が松田聖子の“ガラスの林檎”が良いと申しませば、もう一方様はポリスの“Every Breath You Take”にて猛反撃。他方様が正統派合唱曲“菩提樹”を推薦しませば、更なる他方様がアニメ番組『キャプテン』の主題歌の方が自分達らしいと怒り狂われます状況でして…実はそんなクラスの級長なぞを務めておりました私は、B・ジョエルの“The Longest Time”をプッシュしたくても出来ませんでしたほどの、音楽センス主張しまくり合戦を纏めますのに悪戦苦闘しておりました記憶がございます。

そんな混沌としました臨時学級会にて、何方様かが海援隊の“人として”という曲を挙げなさいました。別の何方様かが、「私もその歌、大好き!」と仰いました。しますと、次から次へと同様な意見が相継ぎまして、それまでバラバラでしたクラスが何時しか、“人として”を唄おう!と一致団結して盛り上がっていたのです。“人として”という曲は果たして、あの頃の超人気番組『金八先生』の第二シリーズの主題歌でした。級友達がその曲によって一丸となられました喜びに沸いていらっしゃいました最中、“人として”の歌詞はさながらメロディすらをも思い浮かべられずにおりましたのは、恐らくこの私一人だけでございましたでしょう。前述しました通り、私は筋金入りのアンチ『金八先生』だったのですもの。第一シリーズの“贈る言葉”のサビくらいは存じておりましたけど、第二シリーズの主題歌なんて一度として耳にしたことが無かったのです。

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mar 25, 2005

乙女の密かな愉しみ
陰湿にしてジメジメ、陰険にしてネチネチ♪

「神様はイヴより先にアダムを創ったんでしょ?ってことは、男は人類のプロト‐タイプに過ぎないのであって、女はその欠点を補ったより優秀な生命体ってワケよ!」…と申しますのは、他なりませぬ若き日の私のオリジナルな名言の一つにございます。が、しかし!近頃はその名言の真贋を疑ってしまいますことも結構ございまして…(涙)。日々勤労に励んでくださっています我が旦那様々を想いませば、‘嗚呼、男性中心の世の中にブラボォ!’って気がしなくも無いのです、悔しいけれど。私のような怠慢女性どもを軸として社会が回ってなぞおりましたら、今頃の我が国は不況どころか恐慌のドン底に陥っておりましたでしょう。世間一般で仰られております通り、女とは…我儘で、身勝手で、意地悪で、嫉妬深くて、実に性格が悪い生き物でありますかと存じます。って、女の私が申しますのも何ですが、女の私が申しますからこそ間違いございませんでしてよ♪

例えば、お飲み会のお誘いなぞがありますと…殿方はお酒が飲めると申しますだけで、予定さえ空いておられれば二つ返事でOKなさることでしょう。ですが女の場合ですと、予定が空いておりましても予め、‘メンツは?’などと、参加メンバーを確認致しましてからでなければ、出席の有無を宣言しないのです。大嫌いな××子や、自分より美人な××美や、自分よりキレ者の××代や、理由も無くイケ好かない××香が、既に参加を表明しておりましょうならば、大概の女は‘その日はちょっと用事があるから’と仰ってはお断りになられるか、‘う~ん、行けたら行くってことにしといて’と仰っては選択権を曖昧に残されるか、一度は承諾しましても当日になりましてから、‘突然、持病の発作が…’と仰ってはドタキャンされなさることでしょう。斯くも乙女心は複雑なのです。って申しますか、斯くも乙女の人間関係は複雑なのです。

さて…昨日に引き続きまして、読書速度が著しく遅い私は、未だ重松清大先生の『世紀末の隣人』を読んでおります。「ともだちがほしかったママ」と題されました第三章では、音羽の幼女殺人事件が取り上げられておりました。一時は‘お受験’が犯行の要因として槍玉に挙げられました、あの事件でございます。しかしながら蓋を開けて見ますれば、犯人・山田みつ子は我が子の不合格とは別に、被害者の春奈ちゃんがお茶の水女子大学附属幼稚園に合格されていらした事実すら御存知無かったとか。「春奈ちゃんが音羽幼稚園に入れば、(春奈ちゃんのお母様と)また三年間付き合わなければならなくなり、耐えられない。それが春奈ちゃんを殺すことへと心が移り、チャンスをうかがうようになった」と、山田みつ子は供述までしていたそうです。既にお茶の水女子大学附属幼稚園に合格されていらした春奈ちゃんが、音羽幼稚園に進学なさることなどありませんでしたのに…何と言う皮肉な顛末でございましょう。

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陰湿にしてジメジメ、陰険にしてネチネチ♪"

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