奇行の人…
『ガラスの仮面』が少女を狂わせた顛末について
過去ログでも軽く触れましたことがございますが、私はかつて女優志願でした。何時頃からそうなりましたのか?さえも記憶に無いくらい、遥か幼少の時分からの筋金入りの志願者でしたのよ。しかもそれは、女優さんになりたいわ!と申しますよりは、役者になりたいぜ!という硬派な願い。小学生にして著名なミュージカル映画の歌曲を原語でマスターしましては、腹筋運動や発声練習を毎日のように行っておりました。斯様な素人ながらの涙ぐましい努力は、当時住んでおりましたマンションのバルコニーで行われており、御近所様にはさぞや御迷惑をお掛けしていましたことと自覚しております。否、御迷惑と申しますよりは恐怖感を与えてしまっていたような気が…学校から戻りました夕方頃から、 ‘ア~~~~~ッ!’ですとか、‘あめんぼ赤いなアイウエオ!’なぞと大声で上階から叫ばれて見て御覧なされ。キチガイか何かと間違われましても、致し方ございませんでしょう?私のお母様は見兼ねられて、幾度も止めさせようとなさいましたけど…私は挫けませんでしてよっ!だってぇ…
才能があったんざますもの、マジで♪
私は小学校の頃から在籍しておりました帰国子女学級のクラスメート達と、お芝居ゴッコに興じておりました。私が一夜漬けで脚本を書いて参りましては、全員で配役を決めてお稽古に励むのです。此れが何故にお芝居‘ゴッコ’かと申しますと、数多の脚本に基づいて数多のお稽古をしましたものの、たった一度しか発表の機会に恵まれなかったもので。脚本書きもお稽古も、それはそれは力が入りました本格的なものではありましたが、如何せんお芝居は観客様方の為に上演しましてこそのもの。幾らお稽古やリハーサルをしました処で、舞台に上らず終いでしたら唯のオママゴトのようなものでしかありません。一度だけ上演に漕ぎ着けましたのは、『オズの魔法使い』もどき。此れまた何故に‘もどき’かと申しますと、私が記しました実に稚拙な脚本こそございましたものの、本番の際はほとんどの台詞がアドリブでしたからでして。出演者は‘この場面ではこうなって、ああなって、そうすればOK’くらいにスジを把握していて、後は適当に好き勝手に喋りまくるのでした。なので如何でも宜しいシーンで異様に時間が掛かってしまいましたり、同語反復でもしますかのように何人もの登場人物が同じ内容の台詞を言ってしまいましたりと、はっきり言って、滅茶苦茶!でございまして、お客様として招かれていらしたのが私達のお母様方でありましたことが、唯一の救いでしたかと思います。あのような代物を赤の他人様に、例え無料であっても観せてしまいましょうものならば…イタリアに於けます下手糞なオペラへの抗議のように、客席からトマトや卵が飛んで参りましたでしょう。嗚呼、我ながら情けございません。ですが、脚本家兼演出家兼出演者を務めさせて頂きました私にだけは…
才能がございましたのよ、マジで♪
斯様な馬鹿騒ぎに明け暮れておりました、その前後あたりでしたでしょうか。私が演劇への情熱を一層燃やします火種となりました、一冊の御本と出会いましたのは…って偉そうに申しましたものの、其れはモリエールでも、チェーホフでも、シェークスピアでもございませんでしてよ。其れは…美内すずえ様♪の、マンガ本で~す♪連載を始められましてから、ん十年以上を経ておられます現在も尚、未完の超大河少女漫画!かの有名な、『ガラスの仮面』!其処には小学徒にして演劇に目覚めてしまいましたのに、意地悪な御両親様の反対故に児童劇団に入りましてはプロフェッショナルの御指導を仰げませんでした私が、切実に求めておりました役者さんになります為のお勉強の致し方が大変解り易く描かれていたのです!私は狂喜乱舞…こそしませんでしたが、初めて『ガラスの仮面』を手に取りました時、心臓が激しく鼓動しましては額が熱をおびてしまいました記憶が鮮明に残っておりましてよ。嗚呼、この御本(マンガだってば!)のお力をお借りしませば私の…
才能は開花しますのね、マジで♪

と、その最中にありましては真剣にエキサイトしていました。こうして私のバルコニーでの、狂気溢れん役者さんへの自主訓練の日々が開始されました。『ガラスの仮面』は無名にして貧乏で平凡なります、三重苦を背負われました主人公・北島マヤ嬢が、往年の天才美人女優・月影千草先生に見初められて、単なるお芝居狂いから一端の演技者になられますまでの過程が描かれた作品です。私は何度も『ガラスの仮面』を読み返しては、北島マヤ嬢に倣いましてより苛酷な演技の訓練に励みました。北島マヤ嬢がヘレン・ケラー女史を演じられる為に、耳栓をなさっては眼に包帯を巻かれましては、見ざる言わざる着飾る…じゃなくて、聞かざるを体感されようとなさったエピソードに感化されて、私も同様の試みをば。如かしてマンガの世界とは異なって、耳に綿を詰め込んで両眼を包帯でグルグルしましても、闇と沈黙に身を置きますことは叶いませんでした。如何に真綿を耳の穴に押し込みましても、住んでおりましたマンションが某私鉄沿線際に建っておりましたもので、外界の轟音を遮断しますことは不可能でした。包帯の網目からは容易に周囲の景色が透けてしまい、ヘレン・ケラー女史と申しますより、気分は単なる手抜きのミイラでしかありませんでした。それでも、私は諦めませんでした。さすがは…
才能豊かでした私、マジで♪
私はお父様がステレオを聴かれますのに使用しておられた、密着性が高くて馬鹿デカイばかりのヘッドホンを利用することに致しました。綿をギュウギュウに詰め込みましたお耳の上にそのヘッドホンを当てますと、それまでの轟音が騒音程度に静まりました。けれども視力は未だ健在なまま…私は再びお父様のお持ち物を、(無断で)利用させて頂くことに致しました。それは海外出張が多くていらした、ビジネスの第一線で御活躍されていたお父様ならではのグッズ!お父様が田舎者臭くも飛行機からパクッて来られました、お眠り用のアイ・マスク♪明るい場所で安眠出来ますようにと開発されました、このアイ・マスクを包帯の下に付けませば!きっと私は、望み通りの暗中模索状態になれましょう。と、お子様ながらに創意工夫を重ねましては、耳に綿栓をしてからアイ・マスクを付けて、その上から再び包帯をマキマキしましてから、仕上げに例の矢鱈と大きいヘッドホンを頭に固定しました。ら、思い…じゃなくて、想い…じゃなくて、重い!でも、それくらい‘へ’でもございませんでしてよっ!だって、私には役作りへのパッションと…
才能がありましたから、マジで♪
けれども…そうまで致しましても、家の中では家具の配置が頭に入ってしまっておりましたもので、聴覚と視覚を奪われましたのに私はマトモに不自由を体感出来ませんでした。斯様な場合は何も無い広い場所に行きまして、何回も身体を回転させましては方向感覚を失ってみますのが宜しいかと、私はいじらしくも知恵を絞りました。ともなりませば行き先は、私専用の役者さん養成所=バルコニーしかございません!ですが、バルコニーは当然ながらお外にありまして。お外は電車の行き交います爆音に満ちております上に、直ぐ隣には暴走族様御愛用の国道が。もっと、重装備をしなければ。と、聡明な私は覚悟を決めまして、それまで何も知らずにお台所で作業をしていらしたお母様に、ガムテープを更に巻いてくれるようお願いすることと致しました。その段階までは自室におりました私は、耳栓とアイ・マスクと包帯とヘッドホンをしました姿で、怪我をしません為に赤ちゃんのようにハイハイをしながら、何とかお母様のもとへと辿り着きました。「お母 ― 」と、私が軽く声を掛けますつもりで言いました処で、お母様は‘ギャ~ア!’みたいな悲鳴を上げられて、「なっ、何よその格好はっ!?」と申されながら、酷く驚かれていらした御様子で。耳栓とアイ・マスクと包帯とヘッドホンをしました私にさえ、彼女の絶叫と怒鳴り声が聞こえましたことから、そのように推測致しました。が、お母様のお声が斯くも簡単に聞こえてしまいましたのに、私が落胆せずにおられましょうか?嗚呼、今までの努力は一体…と少々凹まざるを得ませんでした。それでも己の演技者たらん…
才能を伸ばします為に、マジで♪!

私はヤル気満々!だったのです。私は嫌がりますお母様に無理矢理頼み込みまして、ヘッドホンの上にガムテープを何重にも巻き付けながら貼って頂きました。こうして遂に念願叶いまして、メクラ&ツンボになりました私。は、‘それだけはやめて!’とか何とか申されていましたらしきお母様を振り払いまして、再びハイハイをしながらバルコニーへと出て行きました。そして予定通り、グルグル回って方向感覚を狂いに狂わせて…やっと一息、つけましたような。ですが、この時点で私はようやく思い出してしまいました。自宅マンションはカタカナの‘コ’の字型の建物で、我家のバルコニーはその一端に在しており、反対側の端にも同様に他様のバルコニーがありました事実を。要しますに、我家のバルコニーはそちらのバルコニーはおろか、我家と其方様を繋いでおりますマンションの廊下からも、丸見え♪なのでした。ふと我に返りますと、自身の有り様が傍目から見られませば、さぞや不思議…じゃなくて、不気味に映りましょう現実を悟りました。唯でさえ日頃から発声練習と称しましては、凄まじい奇声を発していましたし。加えましてこんな理解不能な姿を他人様に見られましたら、我が一家は世間様に陰で何と囁かれてしまいましょう?
才能はあったのです、マジで♪
ですが、私は此れを機にバルコニーでの役者修業を潔くやめました。頭に貼り回らしましたガムテープを、何本もの髪の毛と一緒に痛みを堪えながら取り除き、包帯とアイ・マスクと耳の綿からも解放されました、私。に、お母様は情け容赦無くも、「お父さんのヘッドホンに、ガムテープの糊が付いて汚れちゃったじゃない!このままだとお父さん、怒るわよぉ~っ!」と、脅してくださいました。私はこの体験から何を会得しましたのか?と、重圧から解かれましたばかりのボンヤリした頭で考えながら、一人淋しくヘッドホンに付着しましたガムテープの糊を剥しております自分の姿が、この一件に関します私の最後の記憶です。それでも私は、半時ばかりはヘレン・ケラー女史のお苦しみを手中にしておりましてよっ!と申し上げたいのは山々ですが悲しい哉、耳が聞こえませんことよりも、眼が見えませんことよりも、私には巨大化しました頭が重くて堪りませんでしたことの方がずっと辛かったのでして。私が掴んでしまいました役どころはヘレン・ケラー女史でも北島マヤ嬢でも無く、エレファント・マンでしたように思います。それでも私の名誉の為に、シツコイようですが…
才能はあったのです…多分(涙)♪
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